2026年10月22日、首相官邸で新しい会議が動き出しました。名前は「AI・デジタル改革推進会議」です。人口が減り続ける日本で、AIを前提に行政や産業、暮らしの仕組みを作り直していくための、政府の新しい司令塔です。
「国の会議の話でしょう。うちのような会社には遠い話だ」と感じた方もいるかもしれません。
私はむしろ逆だと考えています。この会議で見直そうとしているのは、「人が確認しなければならない」「紙で残さなければならない」といった、これまで当たり前だった前提です。それはそのまま、中小企業の社内に残っている”当たり前”を見直すきっかけになります。
この記事では、今回の動きを私なりに整理します。そのうえで、「御社なら、ここから手を付けるとよい」という視点でお話しします。
目次
政府が「AIを前提にする」と決めた意味

新しい会議は何をする場所なのか
この会議は閣議決定にもとづいて設置されました。目的は、急激な人口減少に対応しながら、経済成長の実現と公共サービスの維持・強化を図ることです。AIによるリスクの最小化を前提に、AIとデジタルを徹底的に活用して社会を変えていきます。そのために、規制・制度や運用ルールの見直し、社会への実装などを政府横断で進めるとしています。 議長は内閣官房長官と、AI・デジタル改革推進担当大臣の二人です。
この会議には前身があります。2026年7月の時点で、これまでの「デジタル行財政改革会議」を、AIによる変革とデジタル化を一元的に担う会議へ発展改組する方針が示されていました。行政のデジタル化を進めてきた流れの上に、「AIを前提にした規制・制度の見直し」が加わったということです。
年末の「中間整理」で示されること
初会合で木原官房長官は、年末までに次の3点を「中間整理」としてまとめる方針を示しました。
一つ目は、AIによる変革(以下、AX)の具体像です。2030年時点でAXが実現した行政、産業、暮らしの姿を、年末までに明確にします。
二つ目は、AI・デジタル改革の原則です。AXに対応した構造改革を進めるための原則を、年末までに策定します。
三つ目は、社会実装の加速です。人手不足の緩和と成長戦略の実現に向けて、即効性のあるアクションプランを年末までにまとめます。その中で、フィジカルAIやAIロボットなど、日本の強みを確かなものにする具体策も検討されます。フィジカルAIとは、ロボットのように現場で体を動かして働くAIのことです。
このほか、「信頼できるAI」の確立に向けて、AI法を含む関連法制度の見直しや、AIの安全性を評価する国の機関の機能強化も指示されました。AIの使い方を正しく管理する「AIガバナンス」の強化などは、年明け以降に具体化されます。
報道によれば、会議全体の最終案は2027年6月をめどにまとめられ、AI基本計画などの改定に反映される方針です。
私が注目する「AIと人のベストミックス」という言葉
一連の指示の中で、私が一番注目したのは「AIと『人』のベストミックス」という表現です。その実現に向けた規制・制度の整備を、府省庁の垣根を越えて進めるよう求めています。
報道では、人による確認などの作業を前提とした今の法制度や規制を、府省庁横断で点検することが確認されたと伝えられています。各府省庁による「アナログ規制の見直し」の再点検も進められます。
これは、「人がやるべきこと」と「AIに任せてよいこと」の線引きを、国が引き直そうとしているということです。
ここで大事なのは、国が線を引き直すのを待つ必要はない、という点です。社内のルールは、社長が決められます。国の動きは、自社の線引きを見直すための追い風として使えばよいのです。
「どのAIが強いか」から「どう仕事に載せるか」へ

海外で進む「仕事を任せるAI」の現実
海外では、AIに権限を与えて、一連の作業を任せる動きが広がっています。質問に答えるだけのAIから、調べて、まとめて、次の作業まで進めるAIへと、役割が変わりつつあります。
競争の焦点も、「どのAIの性能が高いか」から、「そのAIを自社の業務にどう組み込むか」へ移っています。
一方で、AIが誤った判断をしたまま作業を進めてしまうリスクもあります。どこまで任せるか、何を記録に残すか、おかしいときにどう止めるか。これをあらかじめ決めておくことが欠かせなくなっています。技術の進み方に、社内のルールづくりが追いついていない例も少なくありません。
日本の「慎重さ」は弱みにも強みにもなる
日本はこれまで、AIの活用で海外に後れを取ってきたと言われます。規制や慎重な姿勢が、その一因だったのは確かでしょう。
ただ、私はこの慎重さを、使い方次第で強みにできると考えています。今回の会議は、リスクの最小化を前提に徹底活用するという方針です。ブレーキを備えたうえでアクセルを踏む、という考え方です。
技術を先に走らせ、ルールを後から整えるやり方は、体力のある大企業だから取れる戦略です。中小企業が同じことをすると、一度の事故が会社の信用に直結します。最初からルールとセットで進める日本型のやり方は、むしろ中小企業に合っているのです。
中小企業の強みは「小ささ」にある
大企業がAIを業務に組み込もうとすると、部門間の調整や承認に時間がかかります。中小企業は違います。社長が業務の全体を見渡せて、決めたことをすぐ現場で試せます。
私がこれまで支援してきた現場でも、うまくいく会社に共通していたのは、「ITを入れること」を目的にせず、「何に困っているか」から話を始めていたことです。課題がはっきりしていれば、AIはその課題を一緒に考える相手になります。
AIを、指示を出せば答えが返ってくる装置として見るのではなく、社長の考えを広げ、整理し、ときには反論してくれる「思考パートナー」として迎える。この発想の転換ができるかどうかが、会社の小ささを強みに変える分かれ目になります。
御社で始める「政策と足並みをそろえるAX」

道具選びの前に、人手不足の「痛み」を特定する
「どのAIを入れればいいですか」という相談を、よくいただきます。私はいつも、その前に一つ質問を返します。「いま、人が足りなくて一番困っている仕事は何ですか」と。
政府のアクションプランも、出発点は人手不足の緩和です。御社でも同じ順番で考えるのが近道です。
おすすめは、社員一人ひとりに「この1週間で、本来の仕事ではないのに時間を取られた作業は何でしたか」と聞いてみることです。社長が想像していた答えと、現場の答えがずれていることは珍しくありません。そのずれの中に、AIで支えられる仕事が隠れています。
現場作業の多い業種なら、運搬や点検、見回りなど、体を使う仕事も候補に入れて構いません。AIロボットの具体策は、国がこれから詰める段階です。今すぐ導入する必要はありません。ただ、「どの作業なら任せたいか」を先に言葉にしておけば、支援策や製品が出てきたときに迷わず動けます。
「人が必ずやる」と決めている社内ルールを疑う
国がアナログ規制を点検するように、社内にも”自社版のアナログ規制”があります。
たとえば、紙の回覧と押印による承認、同じ数字を二人が別々に確かめる二重チェック、担当者が毎回ゼロから書く報告書などです。
こうしたルールを、次の三つに分けてみてください。
- 法律や契約で、人が行うことが求められているもの
- 昔からの慣習で、人がやり続けているもの
- AIが下ごしらえをして、人が最終判断すればよいもの
実際に分けてみると、二つ目と三つ目が意外に多いことに気づくはずです。ここが、御社のAXの出発点になります。
一つ目についても、今後の制度見直しで扱いが変わる可能性があります。年末に示される改革原則を見ながら、定期的に見直す対象として控えておくとよいでしょう。
国に「困りごと」を届けるという選択肢
もう一つ、あまり知られていない動きがあります。政府は、AIの社会実装の障害となっている規制や制度に関する情報を募集しています。寄せられた意見は、関係省庁で取りまとめたうえで、今回の会議の議論などに役立てる方針です。
募集は内閣府のウェブサイトの特設ページで、10月19日から30日までとされています。対象には、法律や政令だけでなく、省令や規則、告示なども含まれます。
「この手続きのせいで、AIを使えば半日で終わる仕事に何日もかかっている」。現場でそう感じている社長の声こそ、国が集めようとしている情報です。直接の応募が難しければ、所属する業界団体や商工会議所を通じて声を上げる方法もあります。
制度が変わるのを待つ側から、変える材料を出す側へ。中小企業でも、その立ち位置は取れます。
2030年に向けて整えておきたい「信頼の土台」

「信頼できるAI」は、取引先からも問われるようになる
今回、国はAI法を含む関連法制度の見直しと、AIの安全性を評価する国の機関の機能強化を指示しました。目指しているのは「信頼できるAI」の確立です。
私はこの流れが、いずれ企業どうしの取引にも及ぶと見ています。情報セキュリティ対策が取引の条件として問われるようになったのと同じように、「御社はAIをどんなルールで使っていますか」と聞かれる場面が増えていくでしょう。
そのときに答えられる会社と、答えられない会社では、信頼に差がつきます。準備は、聞かれる前に始めておくほうが楽です。
社内ルールは「禁止の一覧」より「判断の型」で
AIのルールというと、「あれは禁止、これも禁止」と並べたくなります。しかし、禁止ばかりが増えると、社員はAIを使わなくなるか、隠れて使うようになります。どちらも会社にとって良い結果ではありません。
私がおすすめしているのは、迷ったときに立ち返る「判断の型」を決めておくことです。たとえば次の三つの問いです。
- この情報は、社外に出てもよいものか
- AIの答えを、最後に誰が確かめるのか
- 何を使い、どう判断したかを、後から説明できるか
この三つに答えられれば使ってよい、という型にしておくと、社員は自分で判断できるようになります。月に一度、定例会議で「AIに相談してうまくいったこと、失敗したこと」を共有する時間を取れば、型は現場の知恵で育っていきます。
中間整理が出たら、AIと一緒に読み解く
年末に中間整理が公表されたら、ぜひ試していただきたいことがあります。
公表された資料をAIに読ませ、「当社は従業員○名の○○業です。この内容が当社に影響しそうな点を挙げてください」と相談してみてください。さらに、「その見立てに、反対の立場から意見をください」と重ねて聞いてみます。
国の資料は分量が多く、経営者が一人で読み込むのは大変です。AIを思考パートナーにすれば、自社に関係する部分を絞り込めます。自分の見落としや思い込みにも気づけます。これは、AIを業務に載せる最初の練習にもなります。
政府が本腰を入れたことで、AIを前提にした社会づくりは、後戻りしない流れになりました。ただ、国の制度が整うのを待っているだけでは、目の前の人手不足は和らぎません。
課題を見極め、社内の”当たり前”を見直し、信頼される使い方の型をつくる。そのうえで、AIを一緒に考える相手として迎える。年末の中間整理は、その歩みを確かめるための、ちょうどよい節目になるはずです。
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