部下に仕事を頼んだのに、思っていたのと違うものが上がってきた。
多くの経営者に覚えのある場面だと思います。ただ、振り返ってみると、頼んだ側の伝え方に原因があることも少なくありません。「いい感じにまとめておいて」と伝えたとき、その「いい感じ」が何を指すのかは、頼んだ本人の頭の中にしかないからです。
この「頼み方」の問題が、これからはAIとの間でも起きるようになります。
10月8日、Googleは仕事向けの新しいAI「Gemini(ジェミニ)エージェント」を発表しました。私は前回の記事で、このAIにどこまで触らせるか、どう止めるかという「守り」の話を書きました。今回は逆の側から考えます。AIにうまく働いてもらうために、頼む側の会社は何を磨けばよいのか、という話です。
簡単に説明する動画を作成しました!
目次
「何をさせるか」より「どう頼むか」が問われる

手順ではなく目的を受け取るAI
今回のAIは、メール、文書、表計算、予定表をまたいで、数時間から数日かかる仕事を自分で段取りしながら進めます。発表の中で、Googleのクラウド部門の責任者は「指示ではなく、目的を与える」と表現しました。
これまでのAIには、「この文章を要約して」「この表を並べ替えて」と、一つひとつ作業を頼んできました。新しいAIには、「来週の会議で使う提案をまとめて」と、目指す結果を渡します。手順はAIが考えます。
さらに、役割を言葉で説明すると、その役割を受け持つ「同僚」のようなAIが作られる仕組みも示されました。
ここで見落としやすい点があります。手順を考えるのがAIに移るほど、人間の側には「目的をきちんと言葉にする力」が求められるようになるのです。
頼み方があいまいだと、AIも迷う
人間の部下なら、あいまいな頼み方でも、空気を読んだり、途中で聞き返したりして何とか形にしてくれます。長く一緒に働いていれば、社長の好みもわかっています。
AIは、渡された言葉と情報をもとに動きます。目的がぼんやりしていれば、それらしい成果物は出てきても、御社が本当に欲しかったものとはずれていきます。しかも数日かけて進む仕事では、そのずれが大きくなってから気づくことになりかねません。
AIの性能が上がるほど、差がつくのはAIの側ではなく、頼む側です。私はここに、今回の発表のいちばん大事な意味があると考えています。
よい頼み方に欠かせない三つの要素

「何のために」を最初に伝える
頼み方の出発点は、その仕事が何のためにあるかを伝えることです。
たとえば「競合の状況を調べて」とだけ頼むのと、「来月の値上げを取引先に説明するために、競合の価格の動きを調べて」と頼むのとでは、集めるべき情報がまったく変わります。後者なら、AIは価格の変化に絞って調べ、値上げの根拠になりそうな材料を探しにいけます。
目的がわかれば、AIは手順を自分で選べます。逆に目的が伝わっていなければ、どれだけ賢いAIでも、手当たり次第に調べるしかありません。
仕上がりの姿を具体的に示す
次に伝えたいのが、仕上がりの姿です。
誰が読むのか。社内の会議で使うのか、取引先に見せるのか。文書がよいのか、スライドがよいのか。どのくらいの分量で、いつまでに必要なのか。
人に頼むときは省いてしまいがちなこうした条件こそ、AIには伝える価値があります。過去にうまくいった資料があれば、「これと同じくらいの形で」と見本を示すのも効果的です。
迷ったときの判断の物差しを渡す
三つ目は、判断の物差しです。
数日かけて進む仕事では、途中で何度も小さな判断が必要になります。情報が見つからないとき、二つの案で迷ったとき、予定より時間がかかりそうなとき。そこで何を優先するのかを、先に伝えておきます。
「正確さを最優先に」「迷ったら取引先にとってわかりやすい方を」「数字の根拠が見つからないときは、無理に埋めずに相談して」。こうした一言があるだけで、AIの動き方は大きく変わります。
どの場面で相談してほしいかを決めておくことは、AIを思考パートナーとして迎えるうえでも大切です。丸投げでも、細かすぎる指示でもなく、要所で一緒に考える関係をつくれるからです。
社内に眠る「暗黙のやり方」を言葉にする

教わっていない手順は、AIも身につけられない
発表によると、このAIは会話の記憶だけでなく、仕事の手順を覚える記憶や、過去の出来事の記憶も持つとされています。一度教えたやり方を、次からは覚えていてくれるということです。
ただし、教わっていない手順は覚えようがありません。
中小企業の仕事には、言葉になっていない決まりごとがたくさんあります。「この取引先には、見積もりと一緒に前回の実績も添える」「月末の締めの前には、あの担当者に一声かけておく」。長く働く社員にとっては当たり前でも、どこにも書かれていない約束ごとです。
こうした暗黙のやり方を伝えない限り、AIは一般的なやり方で仕事を進めます。それは御社のやり方ではありません。
「あの人しか知らない仕事」を引き出す好機
裏を返せば、AIを迎える準備は、社内に眠っているやり方を掘り起こす絶好の機会になります。
私なら、ベテラン社員に「この仕事を明日から新しい人に引き継ぐとしたら、何を伝えますか」と聞くところから始めます。仕事の手順を説明してもらうより、引き継ぎを想像してもらうほうが、細かな気配りや例外の扱いが自然に出てきます。
これはAIのためだけの作業ではありません。特定の人に頼りきりの仕事、いわゆる属人化は、多くの中小企業が抱える課題です。その人が休んだり辞めたりしたときに困る仕事を、言葉として会社に残せます。
課題解決が先で、ITはその手段。AIへの頼み方を整えようとすると、自然と仕事のやり方そのものを見直すことになります。
社員の仕事は「作業」から「見極め」へ

出来上がりを見極める目を育てる
AIに目的を渡して任せるようになると、社員の仕事の中心も変わります。手を動かして資料を作る時間が減り、出てきたものを見極める時間が増えます。
この見極めには、仕事への深い理解が必要です。数字は合っているか。取引先の事情を踏まえた内容になっているか。このまま出したら、相手はどう受け取るか。
作業を経験せずに見極める目は育つのか、という不安もあるでしょう。だからこそ、AIの成果物を若手と一緒に見て、「どこが良くて、どこが足りないか」を言葉にし合う時間が大切になります。ベテランの判断の基準を、若手が学ぶ場にもなるからです。
AIの案をたたき台に、チームで考える
もう一つ変わるのが、会議や打ち合わせの進め方です。
これまでは、担当者が時間をかけて資料を作り、それを会議で検討していました。これからは、AIが用意した複数の案をたたき台にして、チームで比べ、問い返し、磨いていく進め方ができます。
「この案の弱点はどこか」「別の前提に立ったらどう変わるか」とAIに問い返せば、考えを深める相手にもなります。AIを答えを出す機械として扱うのではなく、議論に加わる一人として扱う。そうすると、会議の質そのものが上がっていきます。
頼み方を磨くことは、人を育てることでもある

このAIは今、一部の企業向けに先行提供されている段階で、広く使えるようになる時期はまだ発表されていません。触らせる範囲や止め方の準備については、前回の記事で詳しく書きました。
それと並行して、今から始められるのが頼み方を磨くことです。
最近、部下に頼んで期待と違う結果になった仕事を一つ思い出してみてください。そのとき、目的、仕上がりの姿、判断の物差しのうち、伝えていなかったものはどれだったでしょうか。
AIへの頼み方を磨くことは、そのまま社員への頼み方を磨くことでもあります。目的を言葉にし、やり方を会社に残し、出来上がりを見極める目を育てる。AIを同僚に迎える準備は、人が育つ会社をつくることと同じ道の上にあります。
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