「前任者が組んだエクセルマクロ、動いてはいるけれど中身は誰もわからない…」──そんな“触るのが怖いブラックボックス”を抱えて、頭を悩ませてはいませんか?
20年前の古いシステムを前に、「下手に触って止まったら直せない」と放置せざるを得ない現場は決して珍しくありません。 しかし2026年10月、米OpenAIがCOBOLやVisual Basicといった「レガシー言語へのAI対応強化」を発表したことで状況は一変しました。一見すると大企業の話に思えますが、本質は「専門家がいなくても、AIと一緒に古い仕組みを安全に読み解ける時代が来た」ということです。
この記事では、この最新動向を手がかりに、社内の「あの人しかわからない仕組み」をAIと無理なく引き継いでいく実践ステップをお伝えします。
目次
古い言語をAIが扱えるようになった、という発表の中身

なぜ古い言語はAIの苦手分野だったのか
COBOLは1960年代に生まれたプログラミング言語です。オープンエーアイが発表の中で引用しているIBMの資料によると、COBOLはオンラインバンキングの40%以上、対面でのクレジットカード決済の80%、ATM取引の95%を支えているとされます。古い言語でありながら、今も社会の土台として動き続けているわけです。
ところが、AIはこうした言語を苦手としてきました。AIは、世の中にある大量のプログラムを手本にして学びます。新しい言語なら手本はインターネット上にいくらでもありますが、COBOLのような古い言語は、公開されている手本がごくわずかです。オープンエーアイ自身も、こうした言語を「学習用の手本が少ない言語」と位置づけています。
一方で、COBOLを書ける・直せる技術者は年々減っています。経済産業省は2018年のDXレポートで、古く複雑になったシステムを放置すれば、2025年以降に大きな損失が生じかねないと警告し、これを「2025年の崖」と呼びました。止められないのに、直せる人がいない。これが古いシステムの抱える根本的な問題です。
移行の合格率が、5%台から9割近くへ
今回の発表で私が注目したのは、COBOLのプログラムを別の言語に書き換える「移行」の評価です。COBOLで書かれたプログラムを、JavaやPythonなど今どきの言語に書き換え、元のプログラムとまったく同じ結果が出るかを確かめます。
この評価で、前の世代のモデルの合格率は5.4%でした。それが最新のモデル(GPT-6.1 Sol)では86.6%になり、AIにじっくり考える時間を与える設定では97.9%に達しています。しかも、この評価にかかった費用は、前の世代の約6割に抑えられたと報告されています。
もう一つ、データベースの仕組みをゼロから作らせる課題を20の言語で試す評価も公開されました。こちらでも、COBOLでの合格率は前の世代の10.9%から、最上位のモデル(GPT-6 Astra)では72.1%へと大きく伸びています。
この数字を、私はこう読む
ただし、数字だけを見て「もうAIに任せれば移行できる」と考えるのは早計です。
まず、これらはオープンエーアイ自身が作った試験です。データベースの課題は試験の仕組みごと公開されていますが、COBOL移行の試験問題は公開されておらず、外部の人が同じ条件で確かめることはできません。
そして何より、オープンエーアイ自身が、実際の業務システムに使うには「専門家による確認と、そのシステムの業務ルールに沿った試験が欠かせない」と明言しています。
私はこの発表を、「AIが移行をやってくれる時代になった」ではなく、「AIと一緒に、現実的な費用で移行に取り組める段階に入った」と読んでいます。この違いは、御社が古い仕組みに手をつけるときの姿勢を大きく左右します。
「ほぼ正しい」では通用しない――完全一致という基準が教えること

端数の扱いひとつで、結果が変わってしまう
今回のCOBOL移行の評価では、元のプログラムと出力が1文字単位で完全に一致することが求められました。なぜ、そこまで厳しい基準にしたのでしょうか。
オープンエーアイは、COBOLの計算ルールを例に説明しています。COBOLでは、小数点以下の余分な桁は、特に指定しない限り切り捨てられます。ところが新しい言語で何も考えずに書き直すと、四捨五入になってしまうことがある。そうなると、プログラムはエラーもなく普通に動くのに、計算される金額だけが少しずつずれていきます。
止まれば誰でも気づきます。しかし、動いているのに答えが違う、という失敗はなかなか気づかれません。気づいたときには、ずれた金額の請求書が何か月分も出ていた、ということになりかねないのです。
中小企業の請求書にも、同じ落とし穴がある
これは銀行だけの話ではありません。御社の請求書にも、似たようなルールがたくさん埋め込まれているはずです。
消費税の端数は切り捨てか、四捨五入か。明細ごとに計算するのか、合計でまとめて計算するのか。特定の得意先だけに適用している掛け率。月末締めか、20日締めか。こうしたルールの多くは、古いシステムやマクロの中に埋め込まれていて、マニュアルにはどこにも書かれていない、ということがよくあります。
新しいシステムに切り替えた途端、請求額が1円ずれただけでも、得意先からは問い合わせが来ます。たった1円でも、相手にとっては「この会社の請求は正しいのか」という信用の問題です。
移行の前に「正解」を手元に残しておく
ここで、オープンエーアイの評価方法がそのまま参考になります。彼らは「元のプログラムが出した結果」を正解として、新しいプログラムの結果と突き合わせました。
中小企業でも、同じ考え方が使えます。今の仕組みが出した過去数か月分の請求書や集計表を、手を加えずに「正解」として保存しておくのです。新しい仕組みを試すときは、同じ元データを入れて、結果を一つずつ突き合わせます。
突き合わせで一致しなかった箇所こそ、誰も意識していなかった業務ルールが隠れている場所です。そして、何百件もの結果を比べて違いを洗い出す作業は、AIが得意とするところでもあります。
御社の「COBOL」はどこにあるか

銀行のCOBOLにあたるのは、マクロや独自システム
中小企業で、COBOLの基幹システムを使っている会社は多くないでしょう。けれども、同じ構造の仕組みは、ほとんどの会社にあります。
前任者が作ったエクセルのマクロ。社内で作ったアクセスのデータベース。昔、地元の業者に作ってもらった販売管理や在庫管理のシステム。これらが、御社にとっての「COBOL」です。
ちなみに、エクセルのマクロに使われている言語は、今回の発表で取り上げられたVisual Basicの仲間です。今回の評価がマクロそのものを対象にしたわけではありませんが、AIが「手本の少ない古い言語」を読み解く力を伸ばしているという流れは、マクロにもそのまま関わってきます。
困るのは「古いこと」ではなく「中身がわからないこと」
ここで大切なのは、古い仕組みそのものが悪いわけではない、ということです。長年きちんと動いてきた仕組みには、それだけ御社の業務の知恵が詰まっています。
本当の問題は、中身がわからないことです。止まったときに誰も直せない。作った人が辞めたら、手がつけられなくなる。法律や取引条件が変わっても、どこを直せばいいかわからない。
オープンエーアイも発表の中で、古いシステムでは資料が不完全なことが多く、作った人がすでにいなかったり、重要な業務ルールがプログラムの中にしか残っていなかったりする、と指摘しています。銀行の基幹システムと、御社のマクロは、規模は違っても同じ課題を抱えているのです。
作り直すかどうかは、課題から決める
私は、いつも「課題解決が先、ITはその手段」とお伝えしています。古い仕組みについても同じです。「古いから作り直す」のではなく、「何に困っているのか」から考えます。
たとえば、仕組み自体には不満がなく、困っているのは中身がわからないことだけなら、作り直す必要はありません。中身を理解して記録に残せば、それで課題は解決します。
一方で、入力に時間がかかりすぎる、外出先から見られない、といった不満があるなら、クラウドの業務サービスへの置き換えを検討する価値があります。その場合も、今の仕組みが何をしているかを理解しておかなければ、新しいサービスに何を求めればいいのかがわかりません。
どちらを選ぶにしても、最初の一歩は「中身を知ること」なのです。
AIを思考パートナーにして、古い仕組みを引き継ぐ進め方

まずはAIに「この仕組みは何をしているか」を説明してもらう
いきなりAIに作り直させる必要はありません。私なら、まずAIに古いマクロやプログラムを読ませて、「この仕組みは何をしているのか」をわかりやすい日本語で説明してもらいます。
「この部分では、どんな条件のときに、どんな計算をしていますか」「例外として扱っている得意先や商品はありますか」「端数はどう処理していますか」。こうした問いを重ねていくと、AIはプログラムの中に埋もれていた業務ルールを、一つずつ言葉にしてくれます。AIは、黙って作業をこなす道具ではありません。問いかけに応じて一緒に考えてくれる、思考パートナーです。
なお、AIに渡すのはプログラムの部分だけにして、顧客名や金額などの実データは含めないようにしてください。社内で使ってよいAIサービスを決めておくことも、あわせて大切です。
AIの説明を、長く使ってきた社員に答え合わせしてもらう
AIの説明は、そのまま正解として扱わないでください。次にやるべきことは、その仕組みを長年使ってきた社員に、AIの説明を答え合わせしてもらうことです。
「そうそう、この得意先だけは別の計算にしている」「これは昔の取引条件の名残で、今はもう使っていない」。AIの説明を目の前にすると、ベテランの頭の中にある知識が、具体的な言葉になって出てきます。何もない状態で「仕組みについて教えてください」と聞くより、はるかに引き出しやすくなります。
この答え合わせの場に若手社員も同席させれば、そのまま引き継ぎの機会にもなります。AIが下読みをし、ベテランが正し、若手が受け継ぐ。この三者の組み合わせが、人手の限られた中小企業にとって、いちばん現実的な引き継ぎの形だと私は考えています。
小さく試し、新旧を並べて走らせる
中身がわかり、作り直すと決めたなら、いきなり全部を置き換えないことです。たとえば、月次の売上集計のように、間違っても取り返しがつきやすいところから一つだけ選び、AIの力を借りて新しい形に作り直します。
作り直したものは、先ほど保存しておいた「正解」と突き合わせます。一致したら、しばらくは新旧の両方を並べて動かし、結果が同じであることを毎月確かめます。問題がなければ、次の仕組みへと範囲を広げていきます。
オープンエーアイの最新モデルが97.9%の合格率を出したといっても、残りの2.1%が御社の請求金額にあたる部分だったら、損害を受けるのは御社です。AIが作ったものを最終的に確かめ、使うと決めるのは、人間の役目です。この線引きだけは、どれだけAIが賢くなっても変わりません。
古い仕組みは、捨てる前にまずAIに読ませる

AIが下げたのは「中身を知る」ためのコスト
これまで古い仕組みに手をつけようとすると、中身を調べるだけで専門家の時間と費用がかかりました。だからこそ多くの会社が、「動いているうちは、そのままにしておこう」と判断を先送りにしてきたのだと思います。
今回の発表が示したのは、AIがその「中身を知る」ためのコストを大きく下げつつある、ということです。作り直すか、使い続けるかを決める前に、まずAIと一緒に中身を読み解く。その一歩を踏み出しやすくなったことが、中小企業にとっての本当の意味だと私は考えています。
最初に確かめたいのは「知っている人が、いつまでいるか」
最初の一歩として、御社の中で「止まったら困るのに、中身がわからない仕組み」を思い浮かべてみてください。そして、その仕組みについて一番よく知っている人は誰か、その人があと何年社内にいるのかを確かめてみてください。
もし答えが「数年以内に定年を迎える」「すでに辞めてしまった」であれば、それが御社にとっての「崖」です。AIという思考パートナーと一緒に中身を読み解く作業は、その人がいるうちに始めるほど、ずっと楽になります。
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