「国のAI改革なんて、うちみたいな中小企業には関係ない」─ニュースを見て、そう受け流してはいないでしょうか。
日々の業務や人手不足で手一杯の現場からすれば、霞が関の号令など遠い世界の話に見えて当然です。しかし、今回の動きだけは決して対岸の火事ではありません。 2026年10月22日に初会合が開かれた「AI・デジタル改革推進会議」が見直そうとしているのは、実は「人がやること」を前提に作られた社会のルールそのものです。
書類の提出、目視確認、対面義務─こうした旧態依然とした規制が外れることは、人手不足に喘ぐ中小企業にとって、業務を根本から身軽にする最大のチャンスになります。逆に言えば、ルールが変わってから慌てても、競合に一歩出遅れることは避けられません。 この記事では、年末に中間整理が予定されるこの改革の要点を整理し、中小企業が「年末を待たずに今すぐ着手しておくべき実践的な備え」を本音でお伝えします。
目次
政府が本腰を入れ始めた「AX」とは何か

AXは「AIを前提に仕事の仕組みをつくり直すこと」
AXとは、AIトランスフォーメーションの略です。AIを使って仕事や社会の仕組みそのものをつくり直すことを指します。
これまでのDXが「紙やアナログの仕事をデジタルに置き換えること」だとすれば、AXは「AIがいることを前提に、仕事の流れを最初から組み立て直すこと」と言えます。
AI・デジタル改革推進会議は、2026年10月20日の閣議決定で設置されました。前身の「デジタル行財政改革会議」は廃止され、それまでの検討事項はこの新しい会議に引き継がれています。
議長は内閣官房長官とAI・デジタル改革推進担当大臣が務め、関係する大臣や有識者が参加します。会議の目的は、急激な人口減少に対応しながら、経済成長と公共サービスの維持・強化を図ることです。そのために、「AIによるリスクの最小化を前提に」、AIとデジタルを徹底的に活用するとしています。
年末の中間整理で示される三つの柱
初会合で官房長官は、年末までに優先して取りまとめる項目として次の三つを挙げました。
- AXの具体像(2030年時点で、行政・産業・暮らしがどう変わっているか)
- AI・デジタル改革原則(AXに合わせて規制や制度をつくり変えるための原則)
- AXの社会実装の加速(人手不足の緩和に向けた、即効性のあるアクションプラン)
あわせて、関係する大臣に次のような指示が出されています。
AI法を含む関連する法制度を見直し、国のAI安全性の専門機関であるAIセーフティ・インスティテュートの機能を強化して、「信頼できるAI」を確立すること。AIと「人」の最適な組み合わせに向けて、省庁の垣根を越えて規制や制度を整えること。各省庁が進めてきたアナログ規制の見直しを再点検すること。
さらに、ロボットや機械に組み込まれて現場で体を動かすAI(フィジカルAI)や、自動運転などの公共分野での活用についても、具体策を検討するとしています。
一方、AIのリスクを管理する仕組みづくりの強化は、年明け以降に具体化される予定です。
私はこのニュースをこう読む
私がこのニュースでいちばん注目しているのは、「人がやる前提」のルールが見直しの中心に置かれていることです。
今の法律や通知には、書類を人の目で確認することや、担当者が現場に常駐することを求めるものが多く残っていると報じられています。資格が必要な専門職、いわゆる士業の仕事でのAI活用についても、ルール整備が検討されると伝えられています。
御社にとって、これは二つの意味を持ちます。
一つは、「規制があるから無理だ」と諦めていた省人化が、今後は実現できるかもしれないということです。もう一つは、顧問の税理士や社会保険労務士など、御社が日ごろ頼っている専門家の仕事の進め方も変わっていく可能性があるということです。
ただし、国のルールが変わっても、社内のやり方が変わらなければ何も起きません。制度改革はあくまで追い風です。帆を張るのは、御社自身です。
海外の動きから見える、中小企業の勝ち筋

競争の軸は「どのAIが賢いか」から「どの仕事を任せるか」へ
海外では、大手のAI企業が「仕事を任せられるAI」を次々と打ち出しています。人が一つひとつ指示を出さなくても、AIが自分で手順を考え、一定の範囲の仕事を最後までやり遂げる仕組みです。
その結果、競争の中心は「どのAIの性能が高いか」から、「そのAIを自社の業務にどう組み込むか」へと移りつつあります。
一方で、AIが誤った判断をしたり、想定外の動きをしたりするリスクも指摘されています。どこまでの権限を与えるのか、問題が起きたときにどう止めるのか。こうした設計が、技術と同じくらい重要になっています。
大企業の真似ではなく、御社の課題から始める
この流れを中小企業に置き換えると、大切なのは「最新のAIを入れること」ではなく、「御社のどの仕事を、どこまでAIに任せるか」を決めることです。
私は一貫して、課題解決が先で、ITはその手段だとお伝えしています。AIも同じです。解決したい課題がはっきりしていれば、高価な仕組みでなくても成果は出せます。
そして、中小企業には大企業にない強みがあります。決めるのが速いことです。社長が「この仕事のやり方を変える」と決めれば、翌週から現場を変えられます。何層もの承認を経なければならない大企業に比べて、AIを試しながら改善していくのに向いているのは、むしろ中小企業の方だと私は考えています。
もう一つお伝えしたいのは、AIを「作業をこなす道具」としてだけ見ないことです。課題を一緒に整理し、考えを深めてくれる思考パートナーとして向き合うと、使いどころが一気に広がります。「この業務のどこに無駄がありそうか」とAIに相談するところから始めても良いのです。
年末を待たずに始めたい準備

規制で止まっている仕事を、国に届ける
まず、すぐに動けることがあります。
内閣府、デジタル庁、経済産業省などが、「AIの社会実装の障害になっている規制・制度」についての情報提供を受け付けています。受付期間は2026年10月19日から10月30日の17時までです。
対象は、AIを開発・提供・利用するうえで、法律や省令、通知などが壁になっている具体的な困りごとです。
「AIで書類チェックを効率化したかったが、人の目視確認が義務づけられていて断念した」。「無人で対応できる仕組みを考えたが、常駐が求められていてできなかった」。こうした経験があれば、ぜひ声を届けてください。
制度は、現場の声がなければ変わりません。大企業や業界団体の声だけでルールが決まってしまわないよう、中小企業の実情を伝えることにも意味があります。
国のルールより厳しい「社内の思い込み」を見直す
次に目を向けたいのが、社内のルールです。
私の見立てでは、中小企業でAI活用が進まない原因は、国の規制よりも社内の慣習であることが少なくありません。押印のための回覧、念のためのダブルチェック、「必ず電話で確認する」という決まりごと。これらの多くは、法律で決まっているわけではなく、昔からそうしてきただけです。
そこで、次の社内会議で、決まりごとを一つずつ取り上げて「これは法律で決まっていることか、それとも慣習か」と問いかけてみてください。
慣習であれば、国の制度改革を待たずに、今日からでも変えられます。国がアナログ規制を見直しているこのタイミングは、社内の「当たり前」を見直す良いきっかけになります。
人手不足の痛みを、業務の単位で言葉にする
政府は年末までに、人手不足の緩和に向けた即効性のあるアクションプランをまとめるとしています。
この流れを御社の力にするためには、「人が足りない」という漠然とした悩みを、具体的な業務の単位に分けておくことが欠かせません。
おすすめしたいのは、現場の担当者に「いちばん手放したい作業は何ですか」と聞いてみることです。経営者から見えている課題と、現場が感じている負担は、意外とずれているものです。
挙がってきた作業について、AIに任せられる部分はどこか、人が判断すべき部分はどこかを切り分けていきます。製造や物流、介護のように体を動かす仕事が多い現場では、将来的にロボットやフィジカルAIが選択肢に入ってくるかもしれません。
業務を具体的な言葉にできていれば、新しい制度や支援策が出てきたときに、すぐに「御社の場合はここに使える」と判断できます。
2030年を見据えたAIとの付き合い方

「信頼できるAI」は取引先からも問われる時代へ
政府は、AI法を含む法制度の見直しと、AIセーフティ・インスティテュートの機能強化を通じて、「信頼できるAI」の確立を目指しています。AIのリスクを管理する仕組みづくりも、年明け以降に具体化される予定です。
国の方針が固まってくると、大企業や自治体が、取引先にもAIの使い方についての説明を求めるようになる可能性があると私は見ています。「御社では、業務のどこでAIを使い、誰が最終的に判断していますか」と聞かれたときに、答えられるかどうかです。
これは、難しい書類を整えるという話ではありません。AIをどの業務で使い、どこで人が確認しているのかを、社長ご自身の言葉で説明できる状態にしておくということです。それができれば、取引先からの信頼はむしろ高まります。
社内ルールは「禁止」より「任せ方」を決める
AIの社内ルールというと、「機密情報は入力しない」「AIの答えは必ず人が確認する」といった禁止や注意が中心になりがちです。これらはもちろん基本として必要です。
ですが、禁止事項だけを並べると、社員はAIを使うこと自体をためらうようになります。そこで私は、「任せ方」も一緒に決めることをおすすめしています。
たとえば、「企画のたたき台づくりや文章の見直しは、積極的にAIに相談してよい」「お客様への回答や金額に関わる判断は、必ず人が最終決定する」といった形です。AIを思考パートナーとして使う場面と、人が責任を持つ場面を分けておくと、社員は安心してAIと向き合えます。
ルールをつくる前に、社員がすでにどのようにAIを使っているかを聞いてみるのも良い方法です。会社が把握しないまま、個人の判断で使われているケースは珍しくありません。実態を知ることが、現実に合ったルールづくりの出発点になります。
年末の中間整理をどう読み、どう動くか
年末の中間整理では、2030年時点の行政・産業・暮らしの姿が示される予定です。国が5年後の姿を描くのであれば、御社も同じように、5年後の自社の姿を考えておきたいところです。
「今の人数のままで、今の仕事を回し続けられるか」。この問いに自信を持って答えられないのであれば、そこが御社にとってのAXの出発点です。
中間整理が公表されたら、全体を細かく読み込む必要はありません。「自社の業務のどこに関係するか」という視点で、関係しそうな部分だけを拾ってください。中小企業向けの新しい支援策が現時点で決まっているわけではありませんが、課題を整理しておけば、何かが打ち出されたときにすぐ動けます。
政府が本腰を入れたAXは、人手不足に悩む中小企業にとって大きなチャンスです。ただ、制度が整うのを待っているだけでは、その波には乗れません。年末までの2か月で、御社の課題を言葉にし、AIにどの仕事を任せるかを考え始めてください。その準備が、2030年に向けた会社の土台になります。
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