社長、いきなりで恐縮ですが、ひとつだけ質問させてください。
御社で使っているAIは、今どこで動いているかご存じでしょうか。
おそらく「パソコンの画面の向こう側」としか答えられないと思います。それで構いません。ただ、その「向こう側」が、これから御社の費用と情報管理に直結してきます。
2026年8月から、大手通信と電力の5社が「電気の余っている場所へAIの仕事を運ぶ」という実験を始めました。ワット・ビット連携と呼ばれています。ニュースとしては完全に大企業の話です。ですが、この実験が前提にしている考え方は、従業員20人の会社にもそのまま当てはまります。
今日は、この話を「御社なら何を決めるべきか」に翻訳してお伝えします。
簡単に説明する動画を作成しました!
目次
社長が決めるのは、AIの種類ではなく「置き場所」

「どのAIを使うか」は、実は社長の仕事ではありません
私が社長とお話ししていて、いちばんよく出てくる質問がこれです。
「うちはどのAIを入れたらいいですか」
正直に申し上げます。この質問からは、あまり良い結果が出ません。いま世に出ているAIは、どれを選んでも中小企業の業務なら十分に使えます。半年もすれば順位も入れ替わります。社長が時間をかけて比べるほどの差は、もうありません。
道具の選定は、現場か、私のような外部の人間に任せてください。
社長が決めるのは、どの仕事を・いつ・どこで走らせるか
代わりに社長にしか決められないことが、はっきり3つあります。
まず1つめ。どの仕事をAIに任せるか。これは業務の優先順位そのものなので、現場には決められません。
2つめ。その仕事は、すぐ答えが必要か、明日の朝までにできていればいいか。ここを分けないと、全部に高い料金を払うことになります。
3つめ。その仕事で扱う情報を、社外に出していいか。取引先の図面や、患者さんの情報や、従業員の給与データを、どこまで外に出すか。これは社長の責任範囲です。
この3つが決まっていれば、道具は後からいくらでも取り替えられます。逆に、この3つが空欄のまま道具だけ導入すると、「便利だったけど、思ったより高かったね」で終わります。私はこのパターンを何度も見てきました。
まず一つだけ選ぶ。全部を並べないこと
もうひとつ、最初にお願いしていることがあります。
対象を一つに絞ってください。
「全社でAIを活用する」という方針は、社長の頭の中では正しくても、現場では何も起きません。人はいっぺんに変われないからです。
御社でいちばん時間を食っている仕事を、一つだけ思い浮かべてください。見積書づくりかもしれません。点検写真の整理かもしれません。日報の転記かもしれません。それを一つ選ぶところから始めます。
大企業が始めた実験は「電気の都合に、仕事を合わせる」話

AIの壁は、賢さから「電気と場所」に移りました
ここで、冒頭の5社の実験に少しだけ触れます。背景を知っておいたほうが、御社の判断が早くなるからです。
これまでAIの話題は「どれが賢いか」に偏っていました。ところが実際に詰まっているのは、別の場所でした。
AIの計算をする機械は、電気を大量に使い、熱を出します。その機械を置く建物が、東京と大阪に集中しています。結果として、都市部では電気の契約も、冷やす設備も、土地も足りなくなってきました。
一方で、太陽光や風力といった電気は地方に多くあります。使いたい場所と、電気のある場所がずれているわけです。
5社がやっているのは、電気の余った場所へ仕事を運ぶ実験
そこで出てきたのが「電気を都市へ運ぶより、計算のほうを電気のある場所へ運べばいい」という発想です。これがワット・ビット連携です。電気の単位(ワット)と、データの単位(ビット)を、別々ではなく一体で設計しよう、という考え方だと思ってください。
実験では、三鷹・札幌・広島の建物を通信回線でつなぎ、電気の余り具合を見ながら、AIの仕事を別の場所の機械へ移せるかを試しています。期間は2027年2月まで。総務省の実証事業です。
試しているのは2点だけです。離れた場所に仕事を移しても使い物になるか。そして、費用と環境負荷は下がるが、返事が遅くなりすぎないか。
ここは真似する話ではなく、読み替える話です
さて、ここが肝心です。
これは大企業の話です。中小企業である御社が、通信回線を引いて計算機を分散させる必要は、まったくありません。真似する必要もありません。
御社が読み取るべきなのは、次の一文だけです。
AIの費用は、これから「どこで、いつ動かすか」で変わっていく。
大企業がわざわざ実証をしてまで確かめようとしているのは、そこです。であれば御社も、道具の名前ではなく、置き場所と時間帯で考えたほうがいい。話としてはそれだけのことです。
では、御社ならどう読み替えるか

急ぐ仕事と、明日でいい仕事を分ける
まずやっていただきたいのは、仕事の仕分けです。
たとえば建設業の社長であれば、こう分かれます。
現場からの問い合わせにその場で答える。これは急ぎます。遅れたら意味がありません。
一方で、その日撮った点検写真を数百枚まとめて分類する。これは翌朝までにできていれば十分です。
この2つを同じ扱いにしているから、費用が無駄に膨らみます。急ぐものは反応の速い契約で。急がないものは、まとめて夜にやる。大企業が「電気の安い時間に重い計算を回す」と言っているのは、中小企業の言葉に直せば「急がない仕事は夜にまとめる」です。
これだけで、御社の月々の支払いは変わってきます。
外に出していい情報と、出さない情報に線を引く
次に、情報の線引きです。
私が社長に必ず聞くのは、この質問です。
「取引先の名前と金額が入った表を、そのままAIに読ませていいですか」
多くの社長が、ここで少し黙られます。それでいいのです。黙った時点で、線引きが必要だと気づかれたということですから。
線の引き方はシンプルで構いません。
社内の手順書や、社外に公開している資料は、出してよい。取引先が特定できる情報、従業員の個人情報、まだ世に出していない図面や価格は、出さない。この2つに分けて、紙に書いて、朝礼で一度読み上げる。それで十分に機能します。
ここを曖昧にしたまま便利さだけ広がると、事故が起きたときに社長が全部かぶることになります。
契約先を決めるのも「置き場所」の判断です
3つめは、契約の話です。
AIの利用契約には、入力した内容を学習に使わない設定や、情報を保管する国を選べるものがあります。社長が意識せずに個人の契約のまま使っていると、これらが選べていないことがあります。
「うちの情報が、どこの国のどの建物に置かれているか」。これを説明できる状態にしておく。それが、中小企業にとってのいちばん現実的な「置き場所を決める」という行為です。
大企業は電気の余り具合を見て置き場所を選びます。御社は、情報の安全と費用を見て置き場所を選ぶ。やっていることの構造は同じです。
地方に拠点がある会社には、もう一つの入口があります

工場や倉庫の空きスペースは、これから見直されます
ここからは、地方に工場や倉庫、遊休地をお持ちの社長にだけ関係する話です。
先ほどの実証で、札幌と広島が選ばれたのには理由があります。電気に余裕があり、通信も引けるからです。国も、こうした施設を地方に分散させることを、地域振興の手段として位置づけています。
つまり、これまで「借り手のつかない土地」だった場所に、別の値段がつく可能性が出てきました。所有されている社長は、この流れを頭の片隅に置いておいて損はありません。
ただし、自前でそろえるのは、私はお勧めしません
とはいえ、ここで踏み込みすぎないでください。
「うちも計算機を買って貸し出そう」という発想は、中小企業では割に合わないケースがほとんどです。機械の値段も、電気の契約も、24時間の管理体制も、本業とまったく違う世界です。
私が社長にお勧めするのは、持ち込まれる側の準備をしておくことです。電力会社や通信会社、地元自治体から話が来たときに、すぐ土地の条件と電力契約を出せる状態にしておく。それだけで十分に入口に立てます。
新規事業として自ら仕掛けるのは、本業に余力があり、地元にすでに関係がある社長だけでいいと考えています。
私が社長に必ずやってもらう、最初の90日

最初の30日:紙一枚に書き出す
ここからは具体的な進め方です。社内会議で使えるように、そのまま書いておきます。
最初の1か月は、導入をしません。書くだけです。
書く内容は3つ。いちばん時間を食っている仕事は何か。その仕事は急ぐのか、明日でいいのか。その仕事で扱う情報は、外に出していいのか。
A4一枚で足ります。部長に書かせるのではなく、社長が自分で書いてください。書けなかった項目が、そのまま御社の課題です。
次の30日:一つだけ動かして、数字を三つ取る
2か月目で、選んだ仕事を一つだけAIに任せます。
このとき、必ず数字を取ってください。取るのは3つだけで構いません。
その仕事にかかっていた時間。AIの出したものを人が直した回数。その月にかかった費用。
先ほどの5社の実験も、測っている指標は3つ程度です。大企業でもそうなのですから、中小企業が10個も指標を並べる必要はありません。むしろ3つに絞ったほうが、社長が判断できます。
最後の30日:「やめる条件」を決める
3か月目にやるのは、拡大の計画ではありません。やめる条件を決めることです。
人が直す回数が何回を超えたら止めるのか。費用が月いくらを超えたら契約を見直すのか。誰が最後に目を通してから外に出すのか。
動かし方より、止め方のほうが難しく、そして重要です。ここを決めていない会社は、うまくいかなくなったときに誰も止められず、ずるずると費用だけ払い続けることになります。
逆に、止める条件が決まっていれば、社長は安心して現場に任せられます。私が90日目に必ずこれを置くのは、そのためです。
社長が今日決められることは、ひとつだけです

ワット・ビット連携という言葉は、覚えなくて結構です。ニュースとしてもすぐ流れていきます。
覚えていただきたいのは、この一点だけです。
これからのAI活用は、賢さの選択ではなく、置き場所の設計になる。
大企業は、電気の余っている場所へ仕事を運ぶことでそれを解こうとしています。中小企業である御社は、同じことを、はるかに簡単な方法で解けます。急ぐ仕事と急がない仕事を分け、出していい情報と出さない情報に線を引き、誰が最後に確認するかを決める。これだけです。
まずは、御社でいちばん時間を食っている仕事を、一つだけ思い浮かべてください。
それが今どこで、誰の手で、何時間かかって処理されているか。紙に書いてみてください。書けた瞬間に、AIの話は遠いニュースから、来週の会議の議題に変わります。
そこから先は、私がご一緒します。
出典:NTTドコモビジネスほか5社発表(2026年9月18日)/総務省実証事業
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