「社内でAIを導入してみたけれど、一部の人が便利に使っているだけで全社に広がらない……」と悩む担当者の方は多いのではないでしょうか。 特にセキュリティやコンプライアンスが厳しい業種だと、リスクへの懸念から実証実験止まりになってしまうケースが珍しくありません。
そんな中、英国の大手銀行バークレイズが、AIを単なる便利ツールから「銀行全体の仕事のインフラ」へと組み込む本格展開に乗り出しました。 すでに社員1万6,000人超が活用し、1日約12万件のメール処理を自動化。さらに、開発者の半数以上がAIと協働する体制へと移行しつつあります。 最も規制が厳しいはずの金融機関で、なぜこれほど大胆な導入が進むのか。その鍵は、「強固なガバナンスと現場の生産性をどう両立させたか」にあります。
メガバンクの事例と聞くと遠い世界に思えるかもしれませんが、ここには業種を問わず活かせるヒントが詰まっています。 この記事では、バークレイズの具体的な成果をもとに、AIを全社に定着させる実践ポイントをお伝えします。
目次
英国の大手銀行が進める「AIを仕事の仕組みに組み込む」取り組み

発表の中身を整理する
今回の発表で示されたのは、大きく分けて次の3つです。
- 社員が社内の情報をすばやく探せるAI(2025年から稼働中)
- 顧客から届くメールを分類・整理するAI(稼働中)
- ソフトウェア開発を支援するAIの全社展開(これからの計画)
バークレイズは、ソフトウェア開発の加速、古いシステムの刷新、業務効率の向上のために、AIを銀行全体へ広げるとしています。
注目したいのは、AIの利用者を増やすこと自体を目的にしていない点です。
同行の共同最高執行責任者は、AIの活用拡大は単にAIを取り入れることではなく、仕事の進め方そのものを変え、業務プロセスを描き直し、よりシンプルで効率的な組織をつくることだと語っています。
これは、私が普段からお伝えしている「課題解決が先、ITはその手段」という考え方と重なります。
開発者の半数がAIと一緒に開発する計画
ソフトウェア開発の分野では、開発者向けのAI「Claude Code」の利用が、2026年末までに開発者の50%に達し、2027年にはソフトウェア技術者の過半数に広がる見込みとされています。
Claude Codeは、AIと対話しながらプログラムの調査や作成、修正を進められる開発支援の仕組みです。
銀行には、長年使い続けてきた古いシステムが数多く残っています。こうしたシステムの改修は、専門知識と時間が必要で、大きな負担になります。
もう一人の共同最高執行責任者は、AIを古い基盤の刷新やソフトウェア品質の向上に使い、技術の専門家が最も複雑な課題に集中できるようにすると説明しています。
ただし、この50%という数字は、すでに達成した利用率ではなく、見通しとして示された数字です。この点は正確に押さえておきましょう。
私が注目したのは「進める順番」
この事例で私が最も参考になると感じたのは、取り組みの順番です。
最初に稼働したのは、社員が社内の情報を探す仕組みでした。次に、大量のメールを仕分ける仕組みが動いています。そして、ソフトウェア開発という、より専門性の高い領域への展開はこれからです。
つまり、身近で効果を実感しやすい業務から始め、実績を積んでから範囲を広げているのです。
いきなり会社全体を変えようとせず、足元の仕事から一歩ずつ進める。これは、限られた人員と予算で取り組む中小企業にこそ当てはまる進め方です。
すでに動いている2つの活用

社員が必要な情報にすぐたどり着ける社内検索
バークレイズでは、社員向けの知識検索AIが稼働しています。英国の2,000万人を超える個人顧客を支える社員が、情報や答えをより早く見つけられるよう手助けする仕組みです。
2025年から稼働しており、1万6,000人を超える社員が利用し、検索回数は100万件を超えています。
この仕組みは、AIが社内の資料を探し出し、その内容をもとに回答を組み立てるものです。
一般的なAIの知識だけに頼るのではなく、自社のマニュアルや規定にもとづいて答えるため、業務に合った回答が得やすくなります。
銀行の窓口では、商品の説明、手続きの方法、社内規定など、確認すべき情報が膨大にあります。必要な情報をすぐに見つけられれば、お客様を待たせる時間が短くなります。
ここで大切なのは、AIが社員の代わりに判断しているのではなく、社員が「探す時間」を減らし、お客様と向き合う時間を増やしている点です。
1日約12万件のメールを分類し、行き先を判断する
もう一つの事例は、市場取引を扱う部門でのメール処理です。
チームはAIを使って、届いたメールを分類し、必要な情報を補い、最適な処理の流れを判断しています。依頼内容に必要な情報がそろっているかを確認し、優先順位づけも助けています。
処理量は1日約12万件にのぼり、手作業の負担を減らしながら、社員が必要な情報を見つけて対応しやすくしています。
ここで誤解しないでいただきたいのは、AIが12万件すべてに自動で返信しているわけではないということです。
AIが担っているのは、仕分けと下準備です。実際の対応は人が行っています。
すべてをAIに任せなくても、大量に発生する作業の「入口」を整えるだけで、業務は大きく改善できる。この事例は、そのことをよく示しています。
中小企業に置き換えると、どんな仕事になるか
銀行ほどの規模でなくても、同じ構造の仕事は御社にもあるはずです。
社内検索に当たるのは、例えば次のような場面です。
- 「あの取引先の前回の見積単価はいくらだったか」
- 「この製品の取扱説明書はどこにあるか」
- 「有給休暇の申請方法はどうなっていたか」
こうした質問のたびに、詳しい社員の手が止まっていないでしょうか。
メールの仕分けに当たるのは、問い合わせフォームからの連絡、受発注のメール、見積依頼などです。
担当者が毎朝、受信箱を開いて一通ずつ振り分けているなら、そこにAIが入り込む余地があります。
安全に広げるための「任せ方」の設計

銀行が重視した管理ルールと人の監督
銀行は、顧客の個人情報や取引情報を大量に扱います。そのため、AIの導入にはとりわけ慎重さが求められます。
バークレイズも、AIの活用にあたって、しっかりとした管理体制、セキュリティ対策、人による監督を適用していると説明しています。
ここで押さえておきたいのは、企業向けのAIサービスを契約しただけで、すべてが安全になるわけではないということです。
入力したデータがどう扱われるかは、サービスの種類や契約内容、設定によって異なります。安全な環境を選ぶことと、社内の使い方のルールを整えることは、両方そろってはじめて意味を持ちます。
AIに任せる仕事と、人が決める仕事を分ける
これからは、目的を与えると複数の作業を組み合わせて進めてくれる「AIエージェント」の活用が広がっていきます。
AIは、質問に答える存在から、仕事を実行する存在へと役割を広げつつあります。
だからこそ、「どこまでをAIに任せ、どこで人が確認するか」を、導入する前に決めておくことが欠かせません。
例えば、問い合わせの分類や資料の検索はAIに任せやすい仕事です。一方で、値引きの判断、契約内容の確認、お客様への最終回答といった仕事は、人が責任を持って行うべきです。
中小企業は「確認する人」と「戻し方」を決めておく
中小企業でルールを作るときに、私がおすすめしているのは、業務の流れに沿って考えることです。
例えば、問い合わせメールの仕分けにAIを使うなら、次の点を決めておきます。
- AIが仕分けた結果を、誰がいつ確認するか
- 仕分けを間違えたメールに気づいたら、どう担当者へ戻すか
- AIに読ませてはいけない情報が含まれていたら、どう扱うか
立派な規程集をつくる必要はありません。実際の仕事の流れの中で「ここは人が見る」という地点を決めておくことが、最も実効性のあるルールになります。
御社で始めるなら、この進め方

毎日何度も起きる仕事を一つ選ぶ
最初の一歩として、毎日何度も繰り返している仕事を一つ選んでください。
社内マニュアルの検索、問い合わせメールの分類、議事録の整理、見積書の作成などが候補になります。
一回あたりは数分の作業でも、毎日何十回と発生すれば、年間では大きな時間になります。
最初から高額なシステムを導入する必要はありません。すでに使っている業務ソフトやメールサービスに備わっている機能で対応できる場合もあります。
また、AIを使わなくても、業務の手順を少し変えるだけで解決することもあります。大事なのは、新しい技術を入れることではなく、仕事のムダを減らすことです。
導入前の「いま」を測っておく
AIを試す前に、必ず現状を測っておきましょう。
例えば、問い合わせメールの仕分けであれば、一件あたりにかかっている時間、一日の処理件数、振り分けミスの頻度などを記録しておきます。
AIを使い始めたら、同じ項目を比べます。時間は短くなったか、ミスは増えていないか、担当者の負担は軽くなったかを確認します。
なお、バークレイズが公表した1万6,000人や100万件という数字は、AIがどれだけ使われているかを示すものです。今回の発表では、どれだけ時間を削減できたかや、生産性への影響を測る具体的な指標は示されていません。
だからこそ御社では、「使われているか」だけでなく「仕事が良くなったか」を測ることをおすすめします。
AIを思考パートナーにして、業務の流れを描き直す

効果が確認できたら、次はAIと一緒に業務の流れそのものを見直してみましょう。
例えば、「メールの仕分けにかかる時間が減った。では、空いた時間で何をすべきか」とAIに相談してみてください。
AIは、作業を代わりにこなすだけの存在ではありません。業務の課題を一緒に整理し、新しい進め方を考える思考パートナーにもなります。
今回の事例から私が強く感じるのは、生成AIの活用が「個人が便利に使う段階」から「組織全体の働き方を変える段階」へ進んでいるということです。
大手銀行の取り組みを、そのまま真似する必要はありません。
自社の困りごとを一つ選び、AIと一緒に解決してみる。その小さな成功を積み重ねることこそが、御社のDXの確かな始まりになるはずです。
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